自著を語る 『郁達夫研究』 Page1/2

紹介したい本 3 -自著を語る- 『郁達夫研究』(東方書店、2003年2月)
国際言語センター教授 胡 金定

『郁達夫研究』表紙 郁達夫(いく・たっぷ)という名前を聞いたら、誰かなと思う方がいるかもしれない。

郁達夫(1896~1945)は中国文学者である。彼は18歳で中国の中学校を卒業して、来日、翌年旧制第一高等学校(現・東京大学)の特設予科に入学した。ついで旧制第八高等学校(現・名古屋大学)を経て東京大学経済学部に学び、1922年に卒業した。通算して日本に10年間滞在していた。彼は高等学校時代に西欧近代文学に目をひらかれ、日本に留学した際、日本語を通してその時代の世界文学を数多く読まれた。郁達夫は日本の文学や日本文化を愛していた。さらにそのときに活躍していた日本の作家とも親交があった。日本通の中国作家であった。中国に帰国して、北京大学をはじめとして、多くの大学で教鞭を取った後、シンガポールの『星島日報』の編集者として招かれ赴任していた。新聞などのマスメディアでも活躍した。終戦直後にスマトラで日本憲兵に殺された。彼の人生は本当に波乱万丈であった。

本書は「郁達夫の小説の特徴」、「郁達夫の小説と日本文学」、「郁達夫の小説における美学と作風の変遷」、「郁達夫の小説における感傷」、「郁達夫の日記について」、「郁達夫と西洋文学」、「郁達夫における西洋の哲学・文学理論の受容」、郁達夫の詩について」の8章から構成している。

比較文学の観点から郁達夫の文学について論じた本書は、郁達夫の小説と日本文学の関係に新しい視点を当てて、精緻に分析を行った。日本文学の中でも、自然主義文学私小説などの近代日本文学特有の特徴と郁達夫の文学の関係について、歴史から説き起こし、達夫の小説におけるその影響関係を詳しく分析した。この分析によって郁達夫の小説と日本文学との関係を浮き彫りにした。また、郁達夫の文学作品には、「弱者」の主人公が登場することにより、中国近代文学史上において初めて「弱者の芸術美」が描かれた。この手法の系譜は宇野浩二の「一流の小説家は、貧乏、女性、病気の三つに悩まされた体験の持ち主でなければならぬ」という文学観と酷似していることを見つけた。
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